ゴッホの絵の中の海老名

 下の絵はオランダの有名(ゆうめい)な画家(がか)、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホがかいた画材店(がざいてん:絵をかくどうぐの店)の主人、タンギーという人の肖像画(しょうぞうが)です。

 ゴッホは、いまから百年以上もまえに、日本の浮世絵(うきよえ)に感激(かんげき)して、浮世絵から多くのことを学びました。

 この絵の背景(はいけい)にも6枚の浮世絵がかかれていますが、タンギーさんの頭のうしろにある絵は、江戸時代(えどじだい)にかつやくした安藤広重(あんどうひろしげ)の富士三十六景「さがみ川」をうつしたものだといわれています。

 「さがみ川」の絵は、富士山とそのまえの山の位置(いち)から、海老名の戸沢橋(とざわばし)のあたりでかかれたと思われます。

 ふたつの絵を見くらべてみて下さい。よくにているでしょう。

 わたしたちのふるさと海老名が、有名な二人の画家にえがかれているなんて、すてきなことですね。


                                     (資料は、海老名市教育センター「わたしたちの海老名」より)

ゴッホ 「タンギーじいさん」 安藤広重 「さがみ川」


 右の写真は、門沢橋(かどさわばし)小学校のちかくの戸沢橋(とざわばし)のようすです。

 橋のかかっているあたりは、むかし「戸田の渡し」(とだのわたし)とよばれ、渡し船が人々をはこんでいたところです。

 浮世絵(うきよえ)をかいた安藤広重(あんどうひろしげ)も、この場所で渡し船(わたしぶね)にのったと思われています。