海老名の関東大震災
えびなのかんとうだいしんさい

 1923年(大正12年)9月1日11時58分、関東地方(かんとうちほう)を大きな地震(じしん)がおそいました。
その時の被害(ひがい)は、死んだ人が9万9931人、こわれた家が44万7128けんという、信じられないほどのものでした。

 海老名でも、多くの被害(ひがい)がでました。そのようすを、写真(しゃしん)とグラフで見てみましょう。

                                        (写真は、本校創立20周年記念事業の収集資料より)
 

大正時代はじめごろの相模大橋(さがみおおはし) こわれた相模大橋(さがみおおはし)
明治時代の清水寺本堂(せいすいじほんどう) かたむいた清水寺本堂(せいすいじほんどう)
清水寺仁王門(せいすいじ におうもん) こわれた清水寺仁王門(せいすいじ におうもん)
グラフは有馬村震災誌編纂資料 相模国分寺志より    


 社家小学校の近くの三島神社(みしまじんじゃ)にある大震災の記念碑(きねんひ)です。
大震災でこなごなにこわれた鳥居(とりい)をつかって作られています。
 記念碑には「大正12年9月1日 大震災記念碑」という文字がほられています。

おじいさんのはなし:


 わしは尋常小学校(じんじょうしょうがっこう)1年でした。
 学校からいえにかえる途中(とちゅう)、南のほうからきゅうに
ゴォーとすごい音がしたかと思うと、地面にからだがたたきつけられてしまった。
 地面がなみのようにグラグラゆれ、地割れもすごかった。
 目のまえで、家がつぎつぎとたおれ、生きている気がしなかったことをおぼえています。