三島神社の大蛇
(あいおいのかや)

 大谷中学校(おおやちゅうがっこう)の西がわ、大谷の観音様(かんのんさま)のけいだいに、大きな大きなカヤの木が立っておるのを知っておるかな。

 このカヤの木にはふしぎなお話しがあってのお、きょうは、ひとつその話をしてあげよう。

 むか〜し、むかし、なん百年もむかしのことじゃ。観音様のお堂(どう)の前に植えられたカヤの木から二本の芽(め)がでた。

 幹(みき)が二本じゃおかしいので、小さいほうの芽(め)を切ったのじゃが、ふしぎなことに、二・三日もするといつのまにか、ちゃんからこーんと芽が二本になっておるんじゃ。それも二本とも同じふとさでなぁ。ふしぎじゃろう?

 なんど切っても、同じことじゃった。切っても、切っても、きっても、きっても、(もひとつおまけに)キッテモ、キッテモ、そのた〜んびに同じふとさの二本の芽(め)がちゃーんと出てきた。

 人びとは、もうおどろいて、びっくりして、たまげて、ぶっとんだ。そして、それからはもうこのカヤの木を切るようなことはせず、だいじに、だいじに育つのを見まもったのじゃ。

 いつしか、カヤの木は二またの大木(たいぼく)になった。そのすがたは、まるで仲のよい夫婦(ふうふ)のように見えたそうじゃ。しかし、ふしぎなことはこれでおわりではなかったのじゃ。

 あるとき、観音堂(かんのんどう)のまわりで戦(いくさ)があった。はげしいたたかいの最中(さいちゅう)、だれかが観音堂(かんのんどう)に火をはなったのじゃ。火はまたたく間(ま)に、カヤの木にももえうつり、まっ赤なほのおが天をこがすようじゃったそうじゃ。

 あんなに大きくそびえたっていたカヤの木じゃったが、つぎの日にはまっ黒な二本のやけぼっくいがぽつんとたっているばかり。人びとは、そのむざんなすがたを見て、みんななみだをながしたそうじゃ。

 しかし、どうすることもできずになあ、人びとはなくなくカヤの木をねもとから切りたおすしかなかった。

 あとには、おおきな切り株(きりかぶ)がのこった。人びとは、それを見ながら、あのどうどうとしたカヤの木のすがたを思い出しては、またなみだをながした。

 ところが、しばらくして、その切り株(きりかぶ)からまた二本の芽が出て、あっというまに前と同じようなすがたになったのじゃ。人びとのおどろいたこと、よろこんだこと、そのようすをちょっとそうぞうしてみい。

 枯れた(かれた)切り株(きりかぶ)から新しい芽(め)がでた、ということで、それいらいこのカヤの木は海老名(えびな)の七ふしぎのひとつとなったのじゃ。

 カヤの木のふしぎな力の話は、あっというまに人びとのあいだにひろがって、それいらい、夫婦(ふうふ)のなかがわるい家では、子の刻(夜中の十二時)に井戸の水をこのカヤの木にかけておいのりすると、なかがよくなるといわれるようになった。二本なかよくのびたカヤの木のようすが、夫婦(ふうふ)のように見えたからじゃろう。

 それに、カヤの木のそばの観音様(かんのんさま)におねがいすると元気で頭のよい子が生まれるといううわさもひろがって、結婚(けっこん)する若いむすめさんが木に水をかけておいのりするほほえましいすがたもときどき見かけようになったという。

 いまから八十年ほどまえにおきた関東大震災(かんとうだいしんさい)のころまでは、ずいぶん遠くのほうからもたくさんの人びとが、このカヤの木と観音様においのりにやってきたものじゃ。

 みんなもいちど大谷の観音様にいってごらん。樹齢(じゅれい)四百年ともいわれるカヤの木が、いまでもどうどうとしたすがたでたっているぞ。

 きょうの、わしのお話しはこれでおしまいじゃ。






大谷観音のかやの木
木の高さ: 20メートル
みきの太さ: 7メートル
木の年齢:やく400年









大谷観音堂(おおやかんのんどう)